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フランス人の友達の助けを借りながら、やっとのことでフランス語で研究計画書を書き上げました。美術の場合、計画といっても結局は自分の作品について書くことになってしまいますが、外国語で自分の作品を説明するときに出くわす、いかんともしがたい「日本的なるもの」に関しては、いまだにどう扱っていいのかわかりません。とりわけ私の作品はヨーロッパ(とりわけバルト3国)での人々との出会い、しかも恋愛などの個人的な感情をもとにした、個人的な記憶を制作の核としているので、どの地点でそういったものが表れるのか(あるいは表れないのか)、それは表層にあるいは深層に存在しているのか、よくわからなくなってきます。ですが、それはそもそも日本で「アート」をやる時点で受け入れざるを得ないものであり、この根無し草のような感覚の中で、それでも個人的なところから続けていくことでなんとかリアリティを獲得していくしかないのだろうな、というふうには感じます。
まあ、そういったややこしい話をしたのは、今回リトアニアのポップソングについて書きたかったからなのです。この国にはBjorkのヨーロッパツアーの前座をしたJurgaという女性歌手以外、めぼしいポップミュージシャンはいないのですが、そんななかでなんとなく気になったのは、リトアニアの民謡をリミックスして歌う、Rasa ir Jonasという男女デュオです。リトアニアの民謡のメロディーも歌詞もそのまま使い、そこに電子音を重ねているのですが、それがなんとなくアイヌや沖縄の音楽をベースにした日本のミュージシャンの楽曲に似ているような気がするのです。音楽は好きなのですが門外漢なので、実際に音楽的な共通点があるかどうかはわかりませんが、それらのメロディーが持つメランコリーがこちらの感情を揺さぶるのです。
私がその曲名(minimissing 7)を作品のシリーズタイトルにもしているグルジアのミュージシャン、Erastにもそのようなメランコリーを感じます。バスでバルトの国々を縦断する10時間の間に、何十回彼の曲を聴いたことか。寂しさ、とは単純には言えない、微妙に温度を保ったままでの喪失感、しかも絶望ではなく、だがいつか大切な人とも別れなければならないような気分を的確に表してくれるのです。旅行者として数ヶ月間旅行するときでさえ、小さな容量のiPod Shuffleにそういった曲を数十曲入れておくだけで充分なのは、身体を伴った移動と、それとは異質である、実体のない写真(映像)というメディアを使って、そこでの関係性を記憶していく作業との間に、親和性があるからなのかもしれません。
話は戻って、Rasa ir JonasのSaulala Nusileido, Menulis Patekejo(陽は沈み、月は昇る)という曲ですが、もちろんErastのように凝ったこともありませんし、いわゆるユーロヴィジョン(ヨーロッパ、とくに東欧・北欧人が異常に好きな、なんかダサイ音楽祭)っぽい曲なのですが、このメロディーから感じる独特のメランコリーは、東ヨーロッパの(とくに小国のミュージシャンの)CDを買いあさり聴きあさり、年に何ヶ月間も彼の地を歩き回って得た私の個人的な感覚にぴったりと合致するのです。
アメリカや西欧の優れたエレクトロには、明るさや、軽さ、あるいはそれとは反対の重さ、寂しさ、現代の不安などを表したすばらしい楽曲が数多くありますが、東欧の独特の切なさは一朝一夕のものではない、彼らの歴史(ほとんどの場合、被支配者としての歴史)から来ているのではないかと、を深読みであると知りつつ、思いを馳せざるを得ません。
チャイコフスキーが定期的に訪れた、エストニア西端のハープサルという町で書かれた、交響曲第6番「悲愴」は第2楽章が民謡風な旋律になっていますが、これは彼がこの地にいたときに聴いたエストニア民謡をヒントに作曲したからだ、と聞いたことがあります。
エストニアとリトアニアは、小さく、なにがあるというわけでもないのですが、どうしても気になって何度も何度も通ってしまいます。もしかしたら民謡の旋律にあるような、深いメランコリーと、それを包みこむ暖かさと、それだからこその、ある種、決して絶望せず、絶対に諦めないという精神のしなやかさが、人々の中にあるような気がするのです。見ていること、話していること、歌われていることが、すなわち即「意味」に還元されるわけではない、というところに、私は作家として反応してしまうのかもしれません。
もちろんラトヴィアを含めた3国とも、4年あるいは5年に1回、壮大な民族音楽祭をやっていますが、ポップミュージックやエレクトロにも存在するこの共通感覚は、これらの国々の大きな財産であると思います。
来年にはリトアニア芸術家協会所有のギャラリーで「minimissing LT/JP」というリトアニアと日本に絞った「minimissing」の展示をすることになりました。図らずも深く関わるようになったこれらの国々、興味はまだまだ尽きません。

permalink  September 18, 2009
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