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"旅立つときはいつだって、出発の際ごくかすかな苦悩に胸を締めつけられるのだが、その苦悩はときに甘美な興奮の震えを伴うこともある。というのも旅には死--あるいはセックス--の可能性がつきものだとわかっているからだ(もちろんいずれの可能性もごく低いには違いないが、とはいえ完全に除外して考えるわけにもいかない)。"--ジャン=フィリップ・トゥーサン『セルフポートレート』より

トゥーサンは、自身の作品をもとに映画を撮り、さまざまなところで写真を撮り、発表してきましたが、ぼくにとっても、写真を撮ることは、彼の2002年の小説『愛しあう』に近いところがあるような気がします。愛を終わらせるために東京・京都への旅をするところなどは、とても感じるものがあります。それはぼくがヴィリニュスで似たような経験をしたから、ということによるものではなく、その文体がそもそもとても(ぼくの考える)「写真」というものに近いからではないかと思います。

以前挙げた『カメラ』などに比べると、『愛し合う』とその続編『逃げる』は驚くほどロマンチックな小説になっているのですが、とはいえ過剰な心理描写を嫌い、ミニマルな表現をしてきた彼のこと、そこはあくまでも彼らしく、流れるような文章に表れる、ゆるやかに奥底に佇む温度が、否応なく写真的であるように思えました。『逃げる』は2005年のメディシス賞を受賞しており、ぼくは日本語ですでに読みましたが、紀伊国屋で20%オフだったので、フランス語版の原書を買いました。文学はつまるところ文体である、という当たり前のようなことを気づかせてもらいました。写真は旅と親和性がいい、というのは定説ですが、それは生(性)と死のわずか前(もしくはわずか後)に画像を残すという作業に、その理由があるのではないかと思います。

permalink  September 26, 2009
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